写真展 「われわれは無国籍にされた」— 国境のロヒンギャ — (6/20 – 6/23) Photo gallery: “We are made Stateless”: Rohingya on the Border (6/20 – 6/23)

写真展 「われわれは無国籍にされた」— 国境のロヒンギャ — (6/20 – 6/23) Photo gallery: “We are made Stateless”: Rohingya on the Border (6/20 – 6/23)

写真展について

[English Below]

6月20日世界難民の日から23日まで、無国籍ネットワーク十周年記念のイベントの一つとして、在日ビルマ・ロヒンギャ協会と共に館林市でビルマ(ミャンマー)とバングラデシュの国境地域に逃れた、ビルマによって無国籍にされたロヒンギャ難民をテーマに写真展を開催します。

ビルマでの迫害が一層高まった2017年から大量のロヒンギャが村を焼かれ、虐殺を逃れるためにバングラデシュの国境を渡りました。UNHCRによるとその数は70万人を超えると言われています。ロヒンギャに対する差別や迫害と暴力は今始まったことではなく以前からバングラデシュに逃れたロヒンギャ難民の数と合わせると現在キャンプやその周辺に住んでいるロヒンギャ難民はUNHCRの推計では130万人もいると言われています。いくつもある国境付近のキャンプの中でもクトゥパロン難民キャンプは世界最大規模のキャンプです。今回の写真展で展示する作品はクトゥパロン難民キャンプで撮影されたものと一部はビルマにある国内避難民(IDP)キャンプで撮影されたものです。

ロヒンギャは人種・宗教・民族による理由から長年にわたる迫害を受け続け、世界のあらゆる国へと逃れていきました。ミャンマー連邦共和国の以前の軍事政権により国籍を奪われ、無国籍の状態に置かれ、今もそのことが難民危機の重要な課題となっています。1980年代後半から日本に庇護を求める人もおり、これまで日本で難民申請をした者は120人程度いると言われています。難民認定や在留特別許可が与えられた者は100人近くいます。呼び寄せられた家族、日本で生まれた子ども、まだ在留資格が与えられていない方を含め、250人から300人のロヒンギャが日本に住んでいると推定されています。多くのロヒンギャは日本の群馬県館林市に集住しており、市民社会の一員として長年にわたって暮らしてきました。

今回写真展を館林市で開催することによって日本人の住民と同じ館林市民であるロヒンギャとの交流と理解の機会になることを願っています。もちろん、現在難民キャンプで、あるいはビルマ国内で、悲惨な状況に置かれているロヒンギャの現状を伝えるのも目的の一つです。特に、館林市を中心に活動している在日ビルマ・ロヒンギャ協会(BRAJ)によるバングラデシュの難民キャンプに向けた支援活動を紹介する予定です。

About the Exhibition

The Stateless Newtwork together with BRAJ will be hosting a photo exhibition featuring Rohingya refugees made stateless by the Burmese government and who are now living in Refugee camps in Bangladesh. Starting on June 20 which is World Refugee Day and finishing on the 23rd this is also one of the Stateless Networks 10 year anniversary events being held this year.

In 2017 the ongoing persecution of Rohingya in Myanmar (Burma) reached an unprecedented level of violence as villages were burned and massacres were taking place. As a result, many Rohingya were forced to flee across the border with Bangladesh. According to the UNHCR their numbers exceed 700 thousand. The discrimination, persecution, and violence directed against Rohingya has been ongoing for the last few decades. When those who had already fled across to Bangladesh in previous years, and who had been living in camps and surrounding areas, are added to those newly arriving refugees, their numbers, according to the UNHCR, come to around 1.3 million. Among the many camps near the border the Kutupalong refugee camp has become the largest refugee camp in the world. The photos on display at this exhibition are mostly taken in and around Kutupalong refugee camp, as well as a selection of photos taken in a camp for internally displaced people (IDPs) inside Burma.

Rohingya, who have faced persecution for many years inside Burma based on issues of race, religion, and ethnic identity, have fled to many countries around the world seeking asylum. They were made stateless because their citizenship has been denied by the previous military government of the Republic of the Union of Myanmar, and this continues to be a major issue of contention in the current crisis. Rohingya have been seeking asylum in Japan since the end of the 1980s, and it is estimated that around 120 Rohingya have sought asylum in Japan. Around 100 have been granted refugee status or humanitarian protection by the Japanese government. When including family members brought to Japan, children born in Japan, and those still waiting for their asylum claims to be accepted, the number of Rohingya living in Japan is estimated to be around 250 to 300 people. Tatebayashi city, in Gunma prefecture has the largest concentration of Rohingya in Japan where they have been living as members of civil society for many years.

It is hoped that the gallery will provide an opportunity for interaction and understanding between Japanese residents of Tatebayashi city and Rohingya who are also residents of the city. The exhibition also aims to raise awareness of the plight of Rohingya in the camps and of those remaining inside Burma. The exhibition also aims to provide an opportunity for promoting the activities of Burmese Rohingya Association in Japan (BRAJ) directed towards assisting refugees living in the camps in Bangladesh.

【写真家】Photographers

狩新那生助(かりにいな しょうすけ)フリーランス・フォトグラファー

フリーランス・フォトグラファーとして何度もビルマとバングラデシュの国境地域を訪れています。

著書には「クトゥパロンの涙―難民キャンプで生き抜くロヒンギャ民族―」(2018年)と「ナフ川の向こうに―バングラデシュで生き抜くロヒンギャ民族―」(2017年)。いずれもバングラデシュ国境付近にあるクトゥパロン難民キャンプとその周辺に住む人たちの生活の様子を撮った作品です。

今回の写真展では両方の写真集から選んだ作品を展示します。

Shosuke Kalinina has visited the border region of Burma and Bangladesh many times as a freelance photographer and at this exhibition we will be displaying photos taken in 2014 and in 2016 (published in 2017 and 2018 respectively), both inside and in the surrounding areas of the Kutupalong refugee camp. His publications include 「クトゥパロンの涙―難民キャンプで生き抜くロヒンギャ民族―」[Tears of Kutupalong: Rohingya People Enduring Life in a Refugee Camp] (2018) and 「ナフ川の向こうに―バングラデシュで生き抜くロヒンギャ民族―」[Beyond the Naf River: Rohingya People Surviving in Bangladesh] (2017).

新畑克也(しんばや かつや)ドキュメンタリー・フォトグラファー

2017年にミャンマー(ビルマ)国内(シットウェのIDPキャンプ)で撮った写真と2018年にバングラデシュ側のクトゥパロンで撮影した写真から選んだものを展示します。ビルマとバングラデシュの両方に住むロヒンギャの生活の様子を撮った作品です。

ミャンマー祭り2019『日本・ミャンマー交流写真展』優秀賞

Katsuya Shimbata has been visiting Rakhine State as a documentary photographer in recent years. He has taken photos of Rohingya living inside Burma in Rakhine state in 2016 and has also visited the Kutupalong refugee camp in Bangladesh in 2017. At this exhibition we are displaying works taken in Kutupalong refugee camp, and those taken in a camp inside Burma for internally displaced people (IDPs).

He received an Award of Excellence for his work displayed at the Japan Myanmar Photo Exhibition at the 2019 Myanmar Festival in Tokyo.

【詳細】 Details

【場所】館林市三の丸芸術ホール 展示室 (Web)
〒374-0018
群馬県館林市城町1-2 (Map)
(東武伊勢崎線館林駅から徒歩10分)

[Venue] Tatebayashi City Sannomaru Arts Hall, Exhibition Room (Web)

1-2 Shiromachi, Tatebayashi City, Gunma Prefecture, Japan (Zip Code: 374-0018) (Map)

【会期】2019年6月20日(木)から23日(日)
Dates: June 20 (Thursday) to June 23 (Sunday) 2019.

【時間 TIME】10:00~21:00

【写真家】狩新那生助(かりにいな しょうすけ)・新畑克也(しんばた かつや)

Photographers: Shosuke Kalinina and Katsuya Shimbata

【共催】在日ビルマ・ロヒンギャ協会、無国籍ネットワーク、無国籍ネットワークユース

Cohosted: Burma Rohingya Association in Japan (BRAJ), Stateless Network, Stateless Network Youth

【問い合わせ Contact】officer@stateless-network.com

Flyer Japanese PDF

Flyer English PDF

 

 

第14回 すてねとカフェ大阪 報告 

第14回 すてねとカフェin大阪を開催しました。

無国籍ネットワークでは、2019年3月16日に「すてねとカフェin大阪」を開催しました。毎回ご参加下さるメンバーの方や初めて足を運んで下さった方など、15名ほどの参加がありました。

前半は、このたび無国籍ネットワークが新たに交流を始めた「NPOみぎわ」の松原宏樹さんより特別養子縁組についてお話いただきました。「NPOみぎわ」さんは、奈良県を拠点とした第二種社会福祉事業特定非営利活動法人で、生みの親がどうしても育てることのできない赤ちゃんを特別養子縁組して育ての親に託したり、養子縁組が困難な障害を持った赤ちゃんを引き取り、家庭に近い形で育てるといった主に「子どもの命を救う」活動をされています。その他にホスピスケアの理念に沿って病や障がいがあっても最期まで寄り添う家「ホームホスピスみぎわ」も運営されています。

まず、昨今の児童虐待ニュースを例に挙げながら多くの幼い命が奪われている現状が示され、児童相談所の対応への批判が高まっているのはもっともであるが、非正規雇用が多くを占める児童相談所の雇用形態で急増する相談への対応が不可能である点について説明がありました。また虐待による死亡の時期については、出生0日目が圧倒的に多くなっている、つまり、出産したもののそのまま亡くなるという形の虐待が多いとの説明がありました。さらに年間約20万人の中絶、1日に465人、3分に1人の赤ちゃんが中絶されているという具体的な数字が述べられ、実際にはこれ以上の赤ちゃんが中絶されているはずであるとのお話がありました。中絶という名の「合法的殺人」が大きな社会的な問題になることなく受け入れられている現代日本の姿がグラフ等とともに示されました。また、昨今の技術進歩により、出生前の検査が可能になった反面、異常が見つかった場合の90%以上が中絶を選択しているとの指摘もありました。

無事に生まれてきても実親と暮らせない子どもの環境は、施設擁護と家庭擁護に分類されます。施設擁護には、原則0〜2歳の乳児院と原則3〜18歳の児童養護施設などがあり、家庭擁護には、里親、ファミリーホーム、養子縁組があります。最後の養子縁組のなかに普通養子縁組と特別養子縁組があり、「NPOみぎわ」さんは後者の特別養子縁組をサポートされています。特別養子縁組は、6歳未満の子どもの福祉を目的としてつくられた制度で、血のつながりのない育ての親と子どもが法律上、実の親子になり、親権は実親から養親へと移ります。日本では社会的養護を必要とする子どもの大半は乳児院や児童養護施設などにとどまっており、里親と一緒に暮らす割合が、オーストラリア(2014〜15年)では91.5%、英国(2015年)および米国(2014年)では75%に対し、日本ではわずか15%と際立って低い点が明らかにされました。2018年10月時点の日本では、生みの親のもとで育つことのできない子どもの数が約46,000人で、そのうち15%が里親家族、85%に当たる約39,000人が乳児院・児童養護施設で暮らし、わずか0.8%が特別養子縁組で家庭に引き取られているという状況です。無国籍ネットワークではこれまで家庭のない無国籍の子どもなどに関する相談はあまり寄せられていませんが、私たちが知らないだけかもしれません。多様化する現代社会において、今後このような課題が出てきても不思議ではありません。今回「NPOみぎわ」さんのお声がけにより始まった交流を通して、救える命は何としても守りたいという松原さんの強い思いが伝わってきます。国籍の有無にかかわらず重要な問題ですが、無国籍者にとっては法制度が壁となって消えている命があるかもしれません。無国籍ネットワークとしてもこのつながりを大切に育み、命を救うお手伝いをしていきたいと思います。

 後半は当ネットワークの運営委員の丁章さんより「ニュージーランドVISA取得顛末記2018」と題したお話がありました。在日コリアン3世、「無国籍の朝鮮籍」である丁さんは、2018年11月30日〜12月4日にかけてニュージーランドで開催された、在日コリアンをテーマにしたシンポジウムに詩人として招聘されました。「無国籍の朝鮮籍」の丁さんは朝鮮民主主義人民共和国のパスポートも大韓民国のパスポートも持っていません。日本が発行する「再入国許可書」を旅券代わりにして日本を出入国しています。これまで中国、台湾、シンガポール、オーストラリアに入国したことがあります。そして、今回初めてのニュージーランド渡航を予定したのですが、出発当日の空港で、発給されたと思っていたビザが下りていないとわかり、予約していた飛行機に乗れなかったという「顛末」のお話でした。特に今回は大学生になったお嬢様とのふたり旅ということもあり、楽しみにされていたニュージーランド訪問でしたが、お嬢様の初海外一人旅という別の形での「顛末」となってしまいました。

今回丁さんにビザが発給されなかったのは、ニュージーランド移民局から送られきた郵便をビザ発給の知らせだと丁さんが誤認したのが原因という形になってしまっていますが、丁さんは、ニュージーランド移民局のメールの伝え方がとても紛らわしいもので、はじめから発給を拒むつもりではなかったのかとの疑いをもっています。ニュージーランドのシンポジウムには朝鮮民主主義人民共和国のパスポートを持った在日朝鮮籍の研究者の方も参加されましたが、その方のビザが下りたのは出発当日だったそうです。丁さんがそれをニュージーランド移民局の嫌がらせではないかと考えているのも不思議ではありません。移民国家として多様な共生社会づくりを率先している寛容な国というイメージがありますが、今回の朝鮮籍者への対応をみると「ニュージーランド、おまえもか」という丁さんの強い思いが伝わってきました。

参加者からは寛容な国というイメージ自体が間違いであって、大陸的な大らかさを有するオーストラリアのあり方と比べてニュージーランドは部外者に対して閉鎖的な側面があるとの意見が出されました。豊かな自然やフレンドリーな対人関係などがニュージーランドの寛容さであると認識してしまうのも無理のないことですが、出入国管理の実務などでは閉鎖的な面があるのかもしれません。また、グローバル化が強まる一方でナショナルレベルでの線引きが強化されているのはニュージーランドだけに見られる傾向とは言い切れません。変動する現代社会の越境について改めて考える機会を与えていただいたお話でした。

(無国籍ネットワーク運営委員 梶村美紀)

写真展:「われわれは無国籍にされた」—国境のロヒンギャー ”We are made Stateless”: Rohingya on the Border

Stateless Network Youthが主催する写真展 「われわれは無国籍にされた」—国境のロヒンギャー、”We are made Stateless”: Rohingya on the Border
ビルマとバングラデシュの国境地域のバングラデシュ側に逃れたロヒンギャ・ムスリムやビルマ国内で避難しているロヒンギャの状況を写真に収めた二人の写真家の写真を展示します。ギャラリーは14日から21日までです(16日は休みなのでご注意ください)。また、日本に在住するロヒンギャが現地の人に対して行っている支援活動についても紹介させていただきます。

 


The Stateless Network is proud to announce that Stateless Network Youth will be holding a photo exhibition featuring two Japanese photographers who have covered the situation of the Rohingya who have fled across the border with Bangladesh, or who remain internally displaced within the country. The exhibition will be from the 14th until the 21st of December (the gallery will be closed on the 16th). There will also be information on the activities of Rohingya living in Japan who are working to assist those on the border.

 

【二人の写真家のプロフィール】

狩新那 生助(かりにいな しょうすけ)

通信社カメラマンを経てフリーランスに。アジアを中心に難民など困苦の中にある人々の姿を追っている。写真集に「ナフ川の向こうに~バングラデシュで生き抜くロヒンギャ民族~」(柘植書房新社刊)、「クトゥパロンの涙~難民キャンプで生き抜くロヒンギャ民族~」(柘植書房新社刊)がある。
https://ja-jp.facebook.com/shosukekalinina/

 

新畑 克也 Katsuya Shimbata

1979年広島県呉市生まれ。東京都在住。
2010年に初めて訪れたミャンマーに魅了され、同国へ幾度も通い旅先での人々との出逢いを写真に収め始める。2015年より西部ラカイン州で多くの困難を抱えながら生きるロヒンギャの集落や難民キャンプを訪れ彼らの暮らしを見つめ続ける
HP: http://www.katsuyashimbata.com/
FB: https://www.facebook.com/kman57move

場所:

早稲田大学 27号館B1ワセダギャラリー

〒169-0051 東京都新宿区西早稲田1丁目6−1

1 Chome-6-1 Nishiwaseda, Shinjuku-ku, Tōkyō-to 169-0051

https://goo.gl/maps/fGxeKVimPLE2

参加:無料

無国籍ネットワークセミナー11月17日「一世と二世のあいだ」報告

無国籍ネットワークセミナー11月17日

「一世と二世のあいだ」報告

©McIntyre/無国籍ネットネットワーク

2018年11月17日、早稲田大学にて 連続セミナー第8回「一世と二世のあいだ」を開催しました。2017年から2年間、8回の連続セミナーを開催し、さまざまな無国籍・難民の当事者の方の話を聞き、日本に住むマイノリティーと難民についての理解を深めました。今回はビルマ出身のカチン族のマリップさんと娘さんのセンジャトイさんに、 日本に渡って来た一世と日本で生まれ育った二世、両方の話を聞くことができました。

©McIntyre/無国籍ネットネットワーク

マリップさんはミャンマー政府の迫害を避けるために日本に渡って来ました。カチン族とミャンマー政府の紛争は1961年に始まり、まだ続いています。数千人の一般人が命を失い、10万人以上の避難民が発生しました。[1]日本に来てからもカチンを含めた少数民族への支援を続けていたマリップさんは、2012年、NPO法人PEACEを設立しました。PEACEでは日本語・英語・ミャンマー語の教育とミャンマー国内における国際協力事業に取り組んでいます。「日本に渡ってきた人たちが一番苦労するのが日本語です。それを見て、日本語教室を開きました。PEACEで日本語を学んで、就職したり、日本語能力試験に受かったりします。」とマリップさんは言語教育の重要性を強調しました。そんなマリップさんの姿を見て、娘のセンジャトイさんもPEACEの活動に取り組んでいます。お母さんがいつも周りの人を助けているのを見て、自分も人に役に立てる仕事をしたいと思ったセンジャトイさんは、今大学で国際関係を勉強しています。

©McIntyre/無国籍ネットネットワーク

センジャトイさんは、自分の名前が他の人と違ってカタカナということで、いじめられたことがあります。日本で生まれ育ち、一度も本国のビルマで暮らしたことがないのにも関わらず、外国人のような扱いをされ、一時期「通名」を使っていた時期もあったようです。ところがある日、在日コリアンが植民地時代に民族名を奪われ、通名を使っていたという話を聞き、自分のアイデンティティーにプライドを持ち、本名に戻ることに決めました。「見た目で判断せずに、心を開いて人を接して欲しいです。」センジャトイさんは日本にマイノリティーとして暮らしている人々を代弁しました。

今回のセミナーには、無国籍ネットワーク・ユースのメンバーを含め、たくさんの学生が参加しました。同世代のセンジャトイさんからの話から刺激を受けた学生たちとセンジャトイさんの対話は、休み時間が終わるまで続きました。「今後どういう仕事をしたいのか」の質問に対して、センジャトイさんは「まだ決めてはないが、ビルマにいるカチンの人々の役にたつ仕事をしたい」と答えました。マリップさんもPEACEや他の活動を通じて、日本国内・ビルマ現地の少数民族に出来るだけのサポートをしていきたいと付け加えました。特定非営利活動法人PEACE:https://www.npopeacejapan.com

©McIntyre/無国籍ネットネットワーク

8回の連続セミナーを通して、普段の生活の中だったら出会えないかもしれない難民や無国籍の当事者の本国と日本での経験を

©McIntyre/無国籍ネットネットワーク

聞くことができました。山村先生との対談の形で当事者の人生を振り返り、来日を決めた理由と来日してから苦労した経験、難民申請のプロセスや家族の話など、色んなことを語りました。そこで一番印象的だったのは、難民として来日し生活が苦しかった当事者の方々が、それにも関わらず周りの人を助けようとしたところでした。ずっと難民として認められず、子供が無国籍状態のエルマスさんは、日本語が分からないクルド人のために通訳をしていました。(第3回, 2017年9月30日)そして医療分野の仕事をしているネパール系日本人(親がチベット難民)の塩田ドルジさんは、日本語が分からない患者のため、毎週新宿区のクリニックで英語とチベット語で診療をしていました。(第7回, 2018年11月17日)

 

「難民の背景を持つ人はいつまでも頼り続ける」という偏見を克服し、日本という新しい居場所で暮らしていく方々に出会えたセミナーでした。

 

写真©McIntyre/無国籍ネットネットワーク

[1] Beech, Hannah. “Inside the Kachin War Against Burma | Time.” Time, November 21, 2014. http://time.com/3598969/kachin-independence-army-kia-burma-myanmar-laiza/.

 

連続セミナー第6回「山の民からの声」チャクマさんの語り―バングラデッシュの先住民族出身

Flowers3

日本にくらすアジアの少数民族~マイノリティをとおして国籍を考える~

Juma_festibal2

バングラデッシュとミャンマー国境付近の丘陵地帯に住む仏教徒で少数民族のジュマの人たちは、国家とマジョリティーのムスリムから差別や迫害を受けてきた。そのような状況から逃れるために来日し、庇護を求めて、今日本で暮らしています。

今回の連続セミナーでは、日本に暮らすジュマの一人であるチャクマさんと山村先生との対話を通してジュマの状況と日本での経験について考えたいと思います。

chakuma

 

 

 

日付:7月21日(土)15:00~17:00 要予約

場所:早稲田大学 早稲田キャンパス11号館708号室        キャンパスマップ Google Maps

セミナー後の懇親会は早稲田周辺のターリー屋 西早稲田店で行います。

お申込みはこちらから↓

https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSdkJghMQfFhHkQipADyRWK0ERWm7–QqbtJXeQCnS9v2IO0aw/viewform?usp=sf_link

 

連続セミナーについて

アジアでは、たくさんの少数民族が国家のなかに組みこまれ、多民族国家として成立しています。少数民族は国籍が与えられないことがあり、かりに国籍を有していても二級市民あつかい?されがちです。日本にも、このような少数民族がくらしています。

ほとんどが難民として日本にのがれて来ましたが、日本政府は難民としてみとめていません。本国と同様、日本?においてもまた彼/彼女らに居場所?を見つけるのは容易ではなく、少数派、あるいは無国籍者として生きていかざるをえません。とはいっても、逆境をバネにした力強い姿が、彼/彼女らのなかにみいだされます。

連続セミナーでは、本国と日本での経験を話していただきます。少数派の語りをとおして、国籍や民族について共に考え、同時に、普段は気が付かない日本社会の一面や彼/彼女らの活力を感じてみませんか?

 

「在日外国人の健康支援: 誰一人取り残さない母子保健のために」

logoforWeb特定非営利活動法人無国籍ネットワーク主催

李節子先生によるセミナー

李先生

国籍や在留資格の有無・違いに関わらず、誕生、病気、ケガ、死亡は、誰にでも起こります。私たちの未来の世界を母子手帳

担う子どもたちが、各自の潜在力を十分に伸ばして

成長するためには、良質で十分な母子保健サービスへの容易なアクセスが必要です。増加を続ける在日外国人

の母子保健への取り組みや今後の課題について、30年間の調査研究や支援の実績をお持ちの李節子教授から学び、皆で考えましょう。

 

母子手帳2  父子手帳  孫応援ブック

講演李節子 長崎県立大学大学院人間健康科学研究科教授

東京大学保健学博士号 千葉大学看護学部卒、助産師

日本国際保健医療学会代議員

・『在日外国人の母子保健:日本に生きる世界の母と子』医学書院、1998年

・『国際看護・国際保健』弘文堂、2012年

・『医療通訳と保健医療福祉:すべての人々への安全と安心のため』杏林書院、2015年

・『フォレンジック看護―性暴力被害者支援の基本から実践まで』医歯薬出版、2016年

 

日時2018年8月4日(土) 10:00-12:00 (含質疑応答)

場所飯田橋駅B2b出口直結:セントラルプラザ10

東京ボランティア市民活動センター会議室

https://www.tvac.or.jp/tvac/access.html

参加費:セミナーのみ参加の方は無料。その後の懇親会参加には実費1500円程度かかります。

 

*御参加希望の方は、こちらから↓
https://goo.gl/forms/TuczlX6p5ZFRit7v2

または

officer[at]stateless-network.comにメールでご連絡ください。([at]を@に変えてお送りください。)

先着40名様まで。

12時からの懇親会への参加も歓迎いたします。

特定非営利活動法人 無国籍ネットワーク

連続セミナー第五回 5月19日(土)「小さなことからはじめる」ロヒンギャ系日本人 長谷川瑠理華さん 

連続セミナー 日本にくらすアジアの少数民族 ~マイノリティをとおして国籍を考える~

birdcage_and_thida

「小さなことからはじめる」ロヒンギャ系日本人

長谷川瑠理華さんと山村淳平先生との対話

Tida_profileOLYMPUS DIGITAL CAMERA

長谷川瑠理華さんは小学校高学年の時に母と一緒に来日し、その時に初めて父親と会い、日本での新しい生活を始めます。日本に慣れるまでの苦労、教育、家族の在留資格の状況の変化、結婚と出産と子育てなど日本での暮らし、ロヒンギャ系日本人として生きていく経験について、山村先生と対談します。

 

連続セミナーについて

アジアでは、たくさんの少数民族が国家のなかに組みこまれ、多民族国家として成立しています。少数民族は国籍が与えられないことがあり、かりに国籍を有していても二級市民あつかい?されがちです。日本にも、このような少数民族がくらしています。

ほとんどが難民として日本にのがれて?来ましたが、日本政府は難民としてみとめていません。本国と同様、日本?においてもまた彼/彼女らに居場所?を見つけるのは容易ではなく、少数派、あるいは無国籍者として生きていかざるをえません。とはいっても、逆境をバネにした力強い姿が、彼/彼女らのなかにみいだされます。

連続セミナーでは、本国と日本での経験を話していただきます。少数派の語りをとおして、国籍や民族について共に考え、同時に、普段は気が付かない日本社会の一面や彼/彼女らの活力を感じてみませんか?

 

 

日付:5月19日(土)15:00~17:00
場所:早稲田大学 早稲田キャンパス11号館708号室        キャンパスマップ Google Maps

セミナー後の懇親会は早稲田周辺のターリー屋 西早稲田店で行います。

『ビルマと日本によるロヒンギャ・ムスリムの無国籍の常態化』調査報告とディスカッションby マキンタヤ スティーブン

近年ビルマ(ミャンマー)のロヒンギャ・ムスリムがおかれた悲惨な状況は世界的に知られるようになった。しかし、ロヒンギャ難民は90年代初頭から、今に至るまで120人の主に男性が庇護希望者として来日し、難民認定申請している。実際に難民認定を受けているロヒンギャは18人、70人から80人は人道的配慮に基づく在留特別許可(以下、人道配慮)、20人弱の方は現在も難民申請中の状態である。その中には、10年以上日本に滞在しながら難民として認められず、特定活動、仮滞在、仮放免、収容と様々な法的地位と状況に置かれているロヒンギャもいる。特に仮放免者の場合はいつ収容されるか分からず、仕事も出来ず、保険にも入れない状態で日本社会の中では見えない存在となっている。呼び寄せられた家族や日本で生まれた子どもを含めて250人から280人ぐらいのロヒンギャが現在日本に在住しているといわれている。

このように大多数のロヒンギャの庇護希望者は日本に難民として認められなくとも人道配慮を与えられている。先進資本主義国家の中でも難民に厳しい日本政府とビルマの軍事政権との複雑な関係がこの状況にも影響しているといわれている。同時に、弁護士や日本の市民社会、他のロヒンギャ・ムスリムの力を借りて戦ってきたことが大きく影響したことが調査からわかった。在留資格が与えられ日本での暮らしも長くなるにつれて、ロヒンギャの中には帰化することを求める人が増えている。実際に2家族には帰化が認められている。同時に、調査を通して帰化を求めるロヒンギャはさらに多いことが分かった。帰化を強く求める気持ちは他のビルマ出身の難民やベトナム難民等と同様、自分と子どもの安定した将来を考えてのこともあるが、ロヒンギャがビルマから国籍を剥奪されたと言う経験から現在暮らしている日本に国民として受け入れられたい気持ちがさらに強いとも言える。しかし、いくつかの理由から帰化できないと考える人が多いことが今回の調査で分かった。この定住資格や永住権が与えられたロヒンギャが日本国民になれない状況を私は「無国籍の常態化」と呼んでいる。さらに、日本が難民認定あるいは人道配慮を与えていないロヒンギャは「無国籍の常態化」と基本的な権利を享受できない状況にある。今回の発表とディスカッションでは日本の制度がもたらすロヒンギャ・ムスリムの「無国籍の常態化」についてロヒンギャだけでなく日本の制度と他の在日外国人の状況とも関連付けてみなさまと一緒に考えたい。

講師のマキンタヤ スティーブン氏(Stephen P. McIntyre)は2018年に一橋大学大学院社会学研究科での修士課程を修了。2016年から2017にかけての調査で在日ロヒンギャ・ムスリムと日本の難民認定制度との関係を調べ、その内容を修士論文「国家の認めるアンビバレントな状態―無国籍化されたビルマ出身ロヒンギャ・ムスリムの日本での庇護申請」にまとめている。

日付:3月31日 14:00~16:00 (お茶を取りながらの懇親会を16:30から行う予定)

場所:早稲田11号館711号室 早稲田キャンパスマップweb 早稲田キャンパスマップpdf

人数確認のため参加希望の方は前日までにご連絡ください。懇親会に参加される方は特に事前に連絡するようよろしくお願いします。

お問い合わせ リンク

特別セミナー報告(2017年7月8日) 「移動と人権:入国管理収容問題を人権の立場から問いなおす」

Mobility and Human Rights: Interrogating Immigration Detention

高村先生
高村先生 McGill University

早稲田大学国際教養学部の11号館にて、無国籍ネットワーク及びマギル大学国際開発学研究所との共同で「移動と人権:入国管理収容問題を人権の立場から問い直す」と題し、特別企画セミナーを行った。本セミナーの趣旨としては、入国管理収容をめぐる諸問題、とりわけ入管収容制度の実態、法的保護から排除された外国人収容者の状況、そして収容が解かれた後も国家の厳しい監視下に置かれた仮放免者の方々の状況について、入管収容に詳しい方々にお話を伺うということにあった。今回、お話をしてくださったのは、 難民の入管収容、強制退去など外国人の人権問題について長年取り組んでいらっしゃるマイルストーン総合法律事務所の児玉晃一弁護士、外国人収容問題や仮放免者の支援に積極的に取組んでおられる市民団体「BOND 外国人労働者・難民とともに歩む会」の事務局のメンバーである工藤貴史氏、そして「仮放免者の会」の会員であり過去2回収容経験を持つA氏の3名である。なおこのセミナーの開催にあたってはトヨタ財団からの研究助成金の一部を使用した。

 

児玉先生
児玉先生

最初の話者である児玉晃一弁護士からは、大きな法的枠組みとしての入管収容制度及びその法的矛盾点についてご説明いただいた。日本の入管収容制度においては退去強制事由に該当すると判断された外国人に対しては、人道的な配慮が必要なケースを問わず、すべて収容するという全件収容主義という立場をとる。このため 例えば難民性の非常に高い場合であっても長期的収容を強いられる。児玉弁護士によれば現在の入管収容制度のあり方そのものが、「在留資格を持たない外国人の人権は認めない」という日本の入管法の姿勢を示すものであり、この考え方は基本的人権の保障を規定した日本国憲法に反する。児玉弁護士は、外国人の人権について本来絶対的な優位性を持つ憲法の人権規定ではなく、むしろ入管法が事実上優先されていることを指摘されていたが、これは入管収容制度そのものの法的矛盾点を端的に示すといえよう。また児玉弁護士からは 入管収容制度の国際比較という視点から、収容者の人権を大きく配慮したイギリスの入管収容施設の様子をご報告いただき、日英の外国人の人権配慮の大きな違いが浮き彫りとなった。最後に児玉弁護士が、収容という強制的な身体拘束について「個人の生命を奪うことに次ぐ重要な人権侵害」であると位置付けた東京地方裁判所の藤山裁判長の言葉を引用されたのが非常に印象深かった。

 

工藤さん
工藤さん

二番目の話者である工藤貴史氏からは、支援者側の立場から実際の入管収容施設に於ける収容者の日常、及び収容を解かれた後も仮放免者として困難な法的地位に置かれた方々の状況について、大変具体的な報告をしていただいた。まず入管収容施設、特に東日本入国管理センター(通称「牛久入管」)における日常的人権侵害の状況について様々な点が指摘された。主な問題としては、収容者の身体の移動の自由が極端に制限されている点、長い収容を強いられ精神的ストレスから体調を崩す収容者が非常に多いという点、それにもかかわらず収容施設内での医療体制が整っておらず、体調の異常を訴えても医師に診てもらえない、十分な治療が施されないという医療ネグレクトの現状があげられた。今年の3月に東日本入国管理センターで発生したベトナム人収容者の死亡事件は、まさに入管収容施設に蔓延する医療ネグレクトが原因であったと指摘されている。また収容問題と密接に関わる点としてあげられたのが、仮放免者の状況である。仮放免とは一時的に収容が解かれる状況を示すが、常に移動の自由が制限され、しかも就労の権利も、健康保険もないため、収容が解かれた後も、人としてごく当たり前の生活ができない。また仮放免者は頻繁に(一ヶ月あるいは二ヶ月に一度)品川の東京入管に出頭し、仮放免を更新することが義務付けられている。ここ数年では特に仮放免者に対する入管の規制管理が厳しくなり、就労の事実や、許可なしでの都道府県間の移動を理由に再収容となる事例が増えている。工藤氏によればこうした仮放免者の数は3500名にも上るという。一般的に入管収容は、仮放免とは別の問題として捉えられるが、工藤氏の指摘するように、仮放免は収容の継続として考える姿勢が非常に重要であると考えさせられた。

最後の話者であるA氏からは、収容を実際に経験した当事者側の立場からお話を伺った。彼は収容を2度経験し、現在は仮放免者としての生活を強いられている。A氏は東日本入国管理センターでの収容経験について、入管職員による非人道的な扱いの様子を お話くださった。例えば職員からは毎日のように「お前ら日本にいる権利はない」「帰れ」と言われ、収容者に対する暴言は日常茶飯事であったという。また収容者が身体に痛みや異常がある場合、医師による診断を希望することができるが、実際には2、3週間待つことが多く、しかも医師が処方してくれるのは簡単な痛み止めだけであったという。つまり収容者は通常の患者としての取り扱いを医師から受けることはない。これは工藤氏が指摘する医療ネグレクトの典型的な事例であり、収容者は人ではなく、国から排除するべき対象として扱われていることがわかる。A氏の場合は、持病の問題だけでなく、2度にわたる長期収容によって精神的ストレスが悪化し、仮放免中の現在は、収容をきっかけに悪化した病気と闘う毎日であるという。このように収容中の医療ネグレクトだけでなく、長期収容による精神的なストレスによって、身体や心の病を悪化させるケースが非常に多く見られるということも入管収容問題を考える上で忘れてはならない点である。また仮放免中の身では健康保険がないため、収容中に悪化した病気を治療することがままならない。A氏の場合、収容所内で持病が悪化し、仮放免になった後に手術をする状況までに至ったが、健康保険もないため、多額の借金を抱えることになったという。 仮放免者は働くことも、自由に移動することもできず、健康保険もない状況に置かれ、 病気の治療を受けたくとも病院に行くこともできない。A氏は仮放免中の現在の身について、生きる権利が否定され、いつまた収容され強制退去になるか分からないという「グレーゾーン」を生きているという。この「グレーゾーン」という言葉は、生きる権利を否定された当事者から発せられるからこそ、その重みを実感することができるのだと感じた。

このような収容者及び仮放免者の「生存権の否定」の問題については、会場の参加者からもご意見をいただいた。在留資格を持たない外国人に医療サービスを提供している北関東医療相談会の理事長である長澤氏及び事務局の加藤氏が本セミナーに来てくださったが、長澤氏は、質疑応答の中で、 オーバーステイとなった外国人や仮放免者には基本的な「生存権」がないという状況を医療支援者側の立場からお話くださった。特に印象深いケースとしてあげてくださったのは、仮放免中に売春をすることで生計を立てていたあるアフリカ系の女性の事例であった。この女性は妊娠したことがわかり、産婦人科での診断を求めたが、在留資格がなく健康保険もないこと、父親が誰であるかわからないことなどを理由に、医師の診断そのものを拒否されたという。長澤氏はこのような在留資格のない外国人が基本的な医療を受けられないという状況について「法が人を守るのではなく、法が人を弾いている」と述べておられた。収容者や仮放免者など当事者の実際の経験から明らかになることは、児玉弁護士が指摘されたように、国家が入管法の下に、在留資格のない外国人の基本的生存権を否定することのできる制度を作り出したということである。 無国籍ネットワーク代表の陳教授が「一体、我々はどこに助けを求めればよいのか」と述べておられたが、これは、在留資格のない外国人の人権を認めずむしろ排除するような法制度と長年闘ってこられた支援者側の率直な言葉であるといえよう。

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERAなお、本セミナーにはご参加いただけなかったが、15年以上にわたり、毎週のように東関東入国管理センターの収容者を訪問し、支援を行なっている方々を紹介したい。牛久入管収容所問題を考える会の田中喜美子氏、そして牛久友の会の代表のマイケル・コールマン神父である。田中氏は、つくば市でカフェを経営する傍ら、毎週水曜日の定休日を利用して、20年近く収容所の訪問を続け、また収容が解かれた仮放免者の方々、とりわけクルド人コミュニティの支援も行なっている。一方、コールマン神父は今年で84歳になるが、北関東医療相談会の加藤氏とともに、収容所の毎週の訪問、差し入れ活動を続けている。在留資格のない人々の人権が制度的に否定される状況において、こうした地道な人道的活動されている様々な支援者の姿を通して、人権の重みを学ぶことができるのではないかと感じた。

今回のセミナーは無国籍ネットワークの連続セミナーの一環でもあったが、陳教授が指摘するように無国籍の方々の入管収容問題及び仮放免の問題は、帰る国、保護する国家がないという点からも非常に複雑となることも忘れてはならない。最後の点として取り上げておきたいのは、入管収容問題は、日本だけの問題ではなく、これは国際的な視点から考えていかねばならないという点であり、児玉弁護士が指摘されたような比較の観点をもっと取り入れることが必要である。国連の世界人権宣言の第3条では、法的地位にかかわらずいかなる人々にも平等に生きる権利、自由の権利、安全が保障される権利が与えられるべきであると明言されている。民主主義であるはずの日本ではこうした基本的権利が必ずしもすべての人々に平等に与えられていない。本セミナーで議論の焦点となったのは在留資格のない方々の「生存権」の問題をいかに改善していくことができるのかという点であったが、生存権が否定された人々の存在、そしてそれが法によって当たり前のことになっていることの「非人道性」をより積極的に社会に問いかけていく場を創り出すことの重要性を感じた。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

Translate »