2018年8月4日李節子教授によるセミナー「在日外国人の健康支援:誰一人取り残さない母子保健のために」のレポート

李節子教授によるセミナー「在日外国人の健康支援:誰一人取り残さない母子保健のために」

——-東京、2018年8月、三谷純子(無国籍ネットワーク理事)

 

無国籍ネットワークは、在日外国人の健康支援について、40年間、研究や支援をなさってきた長崎県立大学大学院の李節子教授によるセミナーを、2018年8月4日、東京ボランティア市民活動センターで開催しました。

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「健康に生きる権利は、世界中の誰もが持っている基本的人権です。日本で暮らす外国人にもその権利はあると、私は、40年間、あらゆる機会に、どんな人にも、訴え続けてきました」と李先生は、情熱的に話し始めました。健康への権利は、『WHO憲章』や、いくつもの国際宣言に謳われ、『世界人権規約』、『児童の権利に関する条約』等にも記されています。また、国際社会全体が2030年までの達成を目指して促進中の『持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDG)』にも、全ての人の健康的な生活の確保と福祉の推進や、ジェンダーの平等の下での、性と生殖に関する健康への権利の実現が含まれています。SDGは、「誰ひとり取り残さない」ことを掲げているので、難民や移民、無国籍者も、在留資格の有無に関わりなく、SDGの対象に含まれると考えられます。「グローバル化等の影響により、日本でも、在日外国人が増えていますが、忘れられがちなのは、在外邦人も増加しているという事実です。SDGを達成するには、国籍や法的地位とは無関係に、今ここにいる全ての人の健康への権利を、お互い様という気持ちで、各国で守りあうことが不可欠です」と、李教授は指摘しました。

 

日本で暮らす外国人の保健医療に関しては、言葉の壁、心の壁、制度の壁により、様々な問題が発生しています。特に、在留カードを持っていない非正規滞在の妊産婦とその子どもの健康への権利を、誰がどのように守るのかは大きな課題です。非正規滞在の発覚を恐れ、出産前検診も受けない出産は、時に母子の命に関わります。感染症は、国籍や在留資格とは無関係に拡大します。予防接種をしていない子どもの増加は、本人だけでなく、社会全体のリスクも高めます。しかし、日本語がよくわからず、自国と異なる制度を十分に活用できない外国人は少なくありません。

 

非正規在留者も含めた外国人も、日本の児童福祉法や母子保健法により、母子手帳の交付や、妊婦検診、子どもへの予防接種等は、受けられるはずです。2009年の参議院法務委員会で、在留カードの有無に関わらず、予防接種や就学の案内等の行政上の便益を全ての外国人が引き続き享受できるよう、体制の整備に万全を期すことが決議されています。ところが、非正規在留者が子どものために勇気を出して自治体の窓口を訪れても、在留カードがなく、住民登録がないことを理由に、窓口担当者が、基礎的な母子保健制度の利用を認めないケースが各地で発生しています。また、非正規滞在者の医療費未払いに困った病院が、そのような人の受け入れを拒むこともあります。そこで、親の法的地位や、国籍、経済力により、子どもの健康への権利が大きく損なわれないよう、子どもが暮らしている社会全体で支える必要があります。

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勿論、保健医療の現場では、外国人の健康への権利を守る様々な取り組みもされてきました。セミナーでは、神奈川国際交流財団のご厚意で、当事者や医療関係者向けの多言語の資料が配布され、特定NPO法人シェアの紹介もされました。ただ、現場の取り組みは、広く共有されず、散逸しがちです。解決法も、相談先もわからず、困っている当事者や関係者も少なくありません。李教授が、編集・執筆し、杏林書院から出版されたばかりの『在日外国人の健康支援と医療通訳:誰一人とりのこさないために』という本には、関連する法律や制度の説明と共に、問題解決の事例が豊富に載っています。「この本は、多くの人達が、悪戦苦闘してきた長年の努力の集大成なんです。実際に役に立つ情報をたくさん、簡潔にまとめました。問題解決にも人材育成にも役立つ内容です。日本で暮らす外国人の健康支援体制を構築し、SDGが達成されるように、私も全力を尽くします」と教授は講演を締めくくりました。

 

セミナーには、酷暑の中、保健医療の現場で働く方々、在日外国人の支援の関係者、研究者、報道関係者、無国籍状態の人など、25名が参加しました。「看護師として、現場で外国人にどのように関わっていけばいいのか」という質問に対し、李教授は、「先ず、心を込めてケアをすることです。それから、一人で抱え込まずに、病院のケースワーカーやNPOと連携してください。」と答え、「支援する側は、自分がヒーローになろうとしていないか、かわいそうだからという上からの態度になっていないかに気を付け、当事者の目線に立ち、一緒に解決していくことを忘れないで。」と付け加えました。懇親会でも、参加者の様々な経験の共有が続きました。今後、日本で暮らす外国人が増加するなかで、重要な役割を担う医療通訳を適切な収入を得られる職業として確立する必要性や、行政が経費節約のため外国人対応を省略しないようにする必要性、現場の医療人の外国人対応への知識や能力の向上の必要性、家族形成や出産年齢の人が多い外国人労働者を労働力としてだけでなく、生活の場を共有する人として捉える必要性、当事者や医療関係者、行政、支援団体等が協力して、外国人の健康の権利を確保する体制を構築するための立法や財源の必要性も、話題になりました。

 

無国籍ネットワークのセミナーは、法律やアイデンティティに関する内容が多いのですが、今回の講演で、健康への権利と無国籍の関係について考えるための材料が増えました。

 

  • 李節子先生の新著『在日外国人の健康支援と医療通訳』杏林書院 2018はamazonでは、2700円で9月1日発売予定です。
  • かながわ国際交流財団が発行する多言語の資料は、www.kifjp.orgにあります。
  • シェアは、医療保健を中心とし、命を守る人を育てる活動を国内外で実施している特定非営利活動法人です。 http://share.or.jp/index.html

 

『パスポート学』がWashington Japanese Women’s Network様で紹介されました!

無国籍ネットワークのメンバーである陳・三谷・佐々木・ハウ・丁が執筆に参加している『パスポート学』がWashington Japanese Women’s Networkという市民グループが運営しているホームページに掲載されました!

詳細はこちらから↓(Washington Japanese Women’s Network様のホームページに飛びます)
http://www.wjwn.org/views/article.php?NUM=V-0605

パスポート学 画像

無国籍ネットワーク代表 陳天璽の著書『無国籍』の中国語訳が出版されました

無国籍中国語版

無国籍ネットワーク代表 陳天璽の著書「無国籍」が馮秋玉氏によって中国語に翻訳され、台湾の八旗文化から出版されました。 これを記念して、出版発表会や座談会等が7月末8月初旬に誠品信義書店などで盛大に行われ、中廣ラジオ放送、中國時報、風傳媒などからも取材を受けました。
出版社のブログ記事はこちら
風傳媒のインタビュー記事はこちら

 

『無国籍』は、日本語で2005年に新潮社から出版され、2011年には文庫本にもなり、今も読み継がれています。台湾ではビザがなければ入れないといわれ、日本では再入国許可書の期限が切れていたことを失念していたために入国できないといわれ、途方に暮れた陳自身の経験が冒頭に語られています。海外旅行で出入国審査を受けたことのある人なら、誰でも、自分がそうなったらと具体的に想像できるような状況を描くことにより、多くの人が無国籍について身近に感じ、関心を持つきっかけになりました。

 

中国語版が出版されることになったのは、この本を読んで感銘を受けた読者の一人、台湾人の陳思宇氏(台湾大学歴史学博士・内容力運営企画長)の努力によるものです。無国籍者の存在や気持ちを知ってほしいという陳天璽の気持ちが、陳思宇氏を動かし、翻訳により、世界中の膨大な中国語読者にも、無国籍について知ってもらえる機会が増えたのです。中国語版は、日本でも華都飯店で入手することができます。

 

この本には、何故両親が無国籍になることを選ばざるを得なかったのかという歴史的な背景、中華街で育ち、アメリカに留学し、研究者として就職し、日本へ帰化する間に経験した無国籍であったために生じた出来事、更に、調査で出会った様々な無国籍の人々についても生き生きと描かれています。国が帰属やアイデンティティを決定し、何々人と人々を分類することを当然とする国民国家体制の中で、何人とも認められないことに寄る辺のなさを感じ、私は何人かという問いに悩む無国籍者の気持ちが語られます。その気持ちは、理由は全く異なっても、本当の自分は誰なのかという疑問を感じたことのある多くの人にとって、どこか共感できる面もあります。この本は、アイデンティティは一元的なものではないことに気づき、家族や周囲の人たちに囲まれ、愛着のある場所で、自分自身として生きることに自信を得ていく、一人の若い女性の成長の物語としても読むことができます。

 

「自分のことを書くなんて、本当は嫌だったけれど、皆に無国籍を知ってもらえてよかった」と語る著者による、台湾読者の反応、10年間の変化等についてのトークイベントを開催する予定です。予定が決まり次第ご案内いたします。

 

(2016年8月9日 三谷純子 無国籍ネットワーク理事)

無国籍 (文庫)

136021陳 天璽 著

日中国交回復により「台湾籍」が認められなくなった結果「無国籍」という身分を選んだ人たちがいた。そんな家庭に生まれ、横浜中華街で育った著者は、ある日、台湾への入国も日本への帰国もできず、空港から出られない衝撃的な経験をする。国籍とは?民族とは?アイデンティティの基盤とは何か?国家と家族の歴史に向き合い、深く掘り下げた体験的ノンフィクション。

忘れられた人々 日本の「無国籍」者

201002陳 天璽 著

自らも30年間「無国籍」でありつづけた編者と、当事者、支援者、弁護士、研究社、国立民族学博物館、国連難民高等弁務官事務所らが一堂に会して、喫緊の問題に真正面から取り組んだ日本初の試み。

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2010年3月26日
毎日新聞「ぶっく・えんど」に本書の紹介記事が掲載されました。

無国籍

02陳 天璽 著

著者は「無国籍ネットワーク」の呼びかけ人である陳天璽。自ら無国籍として生きた経験、研究を通してであった無国籍の人々の人生を等身大で綴った一冊。国籍とはなにか、国家とはなにかを問う一冊。

家族と国籍―国際化の進むなかで

03奥田 安弘 著

内容 (「BOOK」データベースより)
家族関係の国際化に伴い国籍の問題が様々な形で噴出している。本書は無国籍・重国籍の防止、国籍法における非嫡出子差別の撤廃など、理論上・実務上の問題を、アンデレ事件、小錦の帰化、日比混血児の国籍、中国残留孤児問題など具体的な事例を紹介しながら、わかりやすく解説した。

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